4/5 11まで話す
恋人と食事をとっているとき、彼は唐突に「歳をとると人間、話を最後まで聞けへんくなるんやろうか」と話し始めた。
彼の、尊敬できない上司に限らず、数少ない尊敬できる上司までもが、なべて彼の話したいことが10あるとして、彼はまだ4くらいまでしか話していないにも関わらず順番を抜かしたように自分の話をし始めてしまうらしい。それが嫌だし、自分もそうなるのだろうか、と彼は深刻ではなさそうなトーンで憂いた。
私は、ちょうど良い加減で揚げられた鰹梅挟みフライの衣の軽い歯触りと、紫蘇と梅の良い香りを楽しみながらその話を聞いていた。そのフライは二人でテレビを見ていた時に流れたCMで知ってからずっと食べたかったもので、しばらく寝かされて増幅した期待にも負けない美味しさだった。
用意された調味料は大根おろしが浮いただし汁と塩の2種類あった。両方とも試し、それぞれ良さがあるけれども私は塩をつける方が好きだな、と思いながら、彼が話を聞いてもらえないのは彼の話がつまらないからだろうか、と考えた。
しかしそんなことはないはずだった。彼の話でお腹を抱えて笑ったことは数えきれないほどあり、仕事中にする話はまた違ったものになるだろうが、関西仕込みのオチを意識した語り口は時を問わず発揮されていると思われた。
「確かに、そうなのかもね。」と同意を示しながら、私は自分の今の上司のことを思い浮かべた。そして、次のカツにつゆをつけるか塩をつけるかで悩みつつ、私は続けた。
「でも私、話の全部を待たれるのもちょっと、嫌かも」
上司は一回り程度離れた男性で、お子さんを二人もっている。奥さまも働かれており、なんなら上司よりも稼ぎがよく、それに伴い激務だということで、普段の家事の大部分を上司が担っているようだった。終業後に趣味の予定があるらしい日も、予定の前に子の食事を用意しなくては、と帰路を急ぐ上司のことを尊敬しているが、その仕事の進め方はどちらかと言えば苦手なタイプだった。
間違っていることが許せない上司は、間違っていることに気がつくためにさまざまな知識を自分の努力を払って手に入れ、それを活用して自分の仕事、のみならず周囲の仕事の間違いにもよく気がついた。そしてそれを、一つ残らず、丁寧に、時には強い言葉をもって、指摘する。たしかに正しいのは上司で、指摘された間違いはその度に正され、周囲はその知識量に甘えてさまざまなことを尋ねる機会もありはするのだが、多くの場面で、その存在は周囲の精神を磨耗させている。
上司は、私が話を始めると最後まで決して口を挟まずに聞いてくれる。それはきっと上司が傾聴や上司としての心得を学ぶ中で意識的に身につけたであろう姿勢なのだが、私はどうにも、その、全てを待たれている感覚が苦手なのだった。
少しお時間よろしいですか、と私が尋ねると、はい、と響く声で返事をして、体ごと私に向き直り、目をしっかりと開きながら続きを促してくる。白目がちなその目でじっと見られながら話し始めると、静かで澄んだその空気に私はひどく緊張してしまい、中途半端な考えで話し始めた時はそのことを強く後悔し、しっかり話す準備をしていた時でさえ口を動かしながら混乱し、10まで話せば良いところを11まで話さなければならないような気がしてくる。
私の返答に不思議そうにした彼にこれを説明したところ、納得するところはあるらしかったが、それでも最後まで聞いてくれるほうが絶対に良い、と言った。
確かにそれはそうだね、と彼に返しながら、上司が私の話を聞かずに、話の4あたりのところで返答してくる場面を思い浮かべようとしたが、うまく想像することができなかった。それでもなんとなく、今よりも私は私に自信を無くすであろうことが分かった。
二つめ以降のカツは主に塩で食べた。私は元々、とんかつも塩で食べるのが結構好きなのである。梅の酸味が効いていて、いつまでも飽きない味わいだった。
彼は私よりも強くそのカツを気に入り、やばい、うますぎる、と何度も言葉を漏らした。
夢中になる彼を目の前に、これを家で作れたりはしないものか、とカツを一つ分解してみたが、折り畳まれた鰹に紫蘇と梅のペーストが挟まっているのが見えただけで、この料理の大事な部分であろう何かのことは、それがどの部分にあるのかさえも分からなかった。それでもただ一つ、パン粉のすぐ内側の、控えめな衣の層が目についた。こういうのが大事だったりするのだろうか、と思いながら、分解されてもなおキラキラと輝かんばかりのカツをゆっくりと楽しんだ。
12/7-12/23 秋季振り返りvol.2
(12/7)
家を出た瞬間からめちゃくちゃ走った。
今日は恋人と冬季限定の牡蠣バター定食を食べに四谷まで行く約束をしており、すごく並ぶらしいので朝から行こう、と話していたのだが、寝坊。恋人から慈悲のモーニングコールがかかってきて、それで起きた。
家を出る前に、とかけてくれたらしいのだが、恋人とは家の位置が結構違うので、それから急いで準備をすれば約束の時間に間に合いそうだった。慌てて飛び起きて、バタバタと支度をし、家を出てから駅まで全力疾走。途中イヤホンが鞄から転がり落ちるトラブルを挟みながらも、回収にも間に合う時間の電車への乗車にも成功した。イヤホンの動作確認も(今実施)完了。異常なし。日頃のランニング&ジム通いの成果が出ました。
今電車の中なので、牡蠣の感想は後で追記することとする。
(12/23)
ここで途切れたまま長いこと放置されていた。言い訳をしてもいいのなら、上記のようにるんるんで食べに行った牡蠣バター定食屋さんが定休日でとってもショックを受けたから、という悲しみを皆にお伝えしたい。
でも、明日改めて食べに行くのです。ふふん。
勘のいい皆様はお気づきかもしれないが、明日はクリスマスイブ、である前にまず平日ですね。それなのに「すごく並ぶ」ような定食屋に朝から行けるということは……?そう、2025年のお仕事、無事(?)納まりました!!!!お疲れ私、よくやった私!!あとは私のいない間に、知らぬうちに私のせいで膨らんでいた爆弾が唐突に爆発しないことを祈るのみです。何とかなーれ!
以下は前回からの続き。
②.⑤9月半ば?、中高同期と夕飯。
ぼんやりと前回の記事を眺めていたら、このくらいの時期に中高同期の男子と夕飯を食べに行ったことを思い出した。彼は現在京都で大学生をしており、東京には二週間のインターンのために来ていて、たまたま声をかけてくれたのだった。
家のそばまで来てくれるというのでお言葉に甘えてそうしてもらい、代わりと言っては何だけど私はお店をいくつか探してみた。その中の一つだったロシア料理屋さんが気になると言ってくれたので、予約して訪問。ちなみに、前の記事で上げたのとは別のお店である。
お店では、やはり華やかな色をしている前菜等々をを食べながら、お互いの近況を話した。直近では、彼はインターンで得た相方と進める仕事が楽しくて仕方がない、といった様子だった。私は彼の、インターン先の変わったデスクや、やっている仕事の内容を分かりやすくかみ砕いた説明や、お互いの得意なことがばっちりとかみ合っている相方などの話を聞きながら、仕事を狂ったようにしている人たちはこんな風に、仕事のことが苦ではないどころかむしろやりたくて堪らないのだろうな、とか、そんな相方や仕事に出会えているのがめちゃくちゃ羨ましいな、とかいうことを思ったり伝えたりした。
彼は高校時代から随分変わったように思う。いろいろな面で。例えば料理をよくするようになり、皿洗いを人に頼むようになり、疲れて帰ってきたら頼んだはずのそれが済んでいなかった時の気持ちを知っていた。これはほんの一部分で、私がいつまでも知りえない変化もたくさんあるとは思うが、少なくとも私は、変わった彼を見てなんだかうれしい気持ちになった。
もちろん変わらない面もあった。猫背。悪化していた。甘党。食後の紅茶に入れるために出されたバラのジャムを大層気に入って、私が欲しい分を取った後、カップに残ったジャムをあげたら嬉しそうに、そして躊躇いなくすべてを紅茶に投下していた。私が使う量の、軽く見積もっても3、4倍はあるジャムが重みを感じさせる落ち方で紅茶のカップへと消えて行ってさすがに焦った。別にいいんだけど、あの、元気でいてくれよ。
ここからは私信だが、まず一つ、おすすめされた本を読んでいるよ。ぴょこるん。不気味だが、面白い。二つ目、マネして私もスマホを白黒にし始めた。ドーパミン依存から抜け出したくて……。慣れないなりにどうにかいじくって、23時になったら自動で白黒になるようにしてある。いいことを教えてくれてありがとう。
⑤9月末、恋人と大阪へ行った。
万博とUSJ、海遊館を目当てに旅行をした。前半で燃え尽きてしまい、海遊館には結局行かなかったが。
万博は、なんか盛り上がってるし、せっかくなら行っておきたい、と完全にミーハーな気分で臨んだら痛い目にあった。正確に言うと午前中のうちはまだマシだったのだが、午後から人が増えてくるとどのパビリオンも2時間待ちは当たり前、それどころか一部は列が長くなりすぎて待つ権利さえ得られない、というありさまだった。9月末はまだまだ暑く、海沿いなので湿気もすごくて、周りは人だらけ、しかもみんな少し不機嫌。あまりにも厳しい。行けたパビリオンは5つくらいだったかな。マレーシア、クラゲ館、マルタ、トルクメニスタン、命のみらい?。本当はサウジアラビアの砂に触ったり、謎の物体null2に入ったりしたかったのだが、当然のように不可能だった。
一番印象に残っているのはもろもろを加味するとマルタのパビリオン。まさに列が伸びすぎて並ぶのを止められていたのだけれど、すこし待ち列が消化されたタイミングで、語気の強めなおばさんが列の管理をしているらしき大学生?バイト?に詰め寄り、その周囲に並びたくて仕方ない他のお客さんも集ってきて、あわや、というタイミングで管理員が折れてくれて並ぶ列が解放された。私たちはたまたまその前のベンチで休んでおり、民意が勝つ瞬間を見てからこれ幸いと列に紛れ込んだ。すごい所に立ち会ったものだ。
中では同じ組になった2-30名で説明を聞く形式で、説明の中で豆知識クイズが行われ、ノリで手を上げたら当てられたので適当に元気よく答えたら正解してしまって、景品としてノートを進呈された。クイズは飾ってある甲冑の重さを問うものだったのだけど、私があまりにも元気よく当然のように正解してしまったものだから周りの人がどよめいていた。当たり前に、正解した自分が一番驚いていたのだが。警備員のおじさんがそっと近づいてきたと思ったら「知ってたんですか?」なんて聞いてくるものだからめちゃくちゃ笑った。知ってるわけないだろ。恋人は全てを口をあんぐりあけながら見ていた。エンターテイナーな私がより一層いとおしくなったことでしょう。
持ってきた食料を食べつつなんとか夕方まで来たころには二人とも相当くたびれていた。私は午後6時から始まる花火が見たかったのだけれど、恋人が非常に消耗している様子で帰りたがり、後ろ髪を引かれながら早めの帰宅を選択した。帰ることに納得はしていたのだけれど、一番楽しみにしていた花火を見ずに帰るということに対してどうしても気持ちの整理がつかなくて、帰りの電車で少し泣きそうになった。恋人はそれに気が付いていたらしいが、自分も空腹と疲労でどうしようもなかったから何もできなかった、とそのあと入ったお好み焼き屋で謝ってくれた。花火は、鉄板の横にスマホを置き、Youtubeの中継で見た。画面の中で安っぽい光がついたり消えたりしているのを見ながらなおも少し拗ねていると、来年は花火大会に2回!連れて行ってくれることを約束してくれたので、許してあげた。2回!!楽しみだな。ふん。
泊まるホテルがたまたま大阪城の近くだったので、お好み焼き屋さんから帰ってきた後少し休んでから城を見に行った。コンビニで買った冷たいコーヒーを持って、人が少ない広い道を、夜風に吹かれながら歩くのは心地が良く、そこでちゃんと仲直りをした。お城の敷地内で、二人とも万博会場にいた時の倍ははしゃいでいたと思う。くねくねと長い通路の奥にそびえたつ城は堂々とライトアップされており、壁の輝くような白が美しかった。
きちんとホテルに帰ってきたころには私の体力は本当に尽きてしまっていた。体を引きずるようにして大浴場に行ったらバスタオルを部屋に忘れてきてしまい、女湯と男湯が分かれる前の通路で気づいて絞り出すような悲鳴をだしたら、恋人が「代わりに取ってきたるから先入り」と自分で持ってきたバスタオルを譲ってくれた。これが愛か、と思った。わたしは素直にバスタオル改め愛を受け取り、無事入浴を済ませた。いやあ、さすがに、愛だったな……。
次の日行ったUSJは最高に楽しかった。何をするにしても万博と比べてしまい、そしてUSJのほうが劣っているところは一つもなかった。例えば待つとき。どれだけ混んでも並びきれるよう考えられたアトラクション同士の位置間隔、日差しが強い季節でも辛くなりにくい屋根付きもしくは屋内の通路、待ち列の各所に設置してある予備知識を入れてアトラクションをより楽しむための映像が流れているモニター。すべてが素晴らしかった。
私は高くて買うのを躊躇していたキノコのカチューシャを恋人に買ってもらい(昨日のお詫びだといわれた。花火を見に連れて行ってくれるならそれでいいのに♡)、初めてテーマパークのちゃんとしたレストランに入り、一番楽しみにしていたニンテンドーエリアも満喫して最高に浮かれ気分で過ごした。カチューシャは、「大事にしーや」と言われていたので大事に大事にホテルまで頭に着けて帰った。最後は恋人のほうが恥ずかしそうにしていた。勝ちました。
3日目は帰宅日で、新幹線に乗る前に海遊館に行くはずだったのだが、位置関係的に万博に行けなかった人たちが流れ込んでいるのではないか、と予測してリサーチすると朝9時時点で15時ごろの当日販売分入場券を配っているとのことだったので諦めた。これは前々からチケットを取っていたら回避できたことだったので、予約を担当していた恋人は恐縮していたが、特に未練は大きくなかった。万博、USJで疲れ切っていたし、その日は日曜日だったので、遅くなって混む前に東京へたどり着けるのは非常に魅力的に思えたから。
新幹線に乗り込む前に、恋人が食べたがっていたポップコーンを買った。車両に乗り込むなり疲れでうとうとし始めた私を、恋人が遠慮がちに起こしてきたと思ったら、すぐさまポップコーンの包みを開けだしたのでかわいくて笑ってしまった。食べさせたいって言ってくれてたもんね。関西出身の恋人の、家族との思い出の味だという色とりどりのポップコーンは、映画館でたべるチープなそれとは違って味が均一で、どこを食べても香ばしいチョコやキャラメルの味がした。
⑥10月頭、人生初のアパート更新。
同棲する、しないで直前まで悩んだが、結局今の家を更新することにした。同棲の話がいったん保留になったのは、結構残念だったが、同じくらいほっとした。人は大人になると臆病になる。
今の部屋も町も気に入っているので、これからの生活も楽しみだ。
余談だが、今回のボーナスで美しい椅子を購入してしまった。出会ってしまったので……。その椅子は受注生産で、2月の頭ごろに到着予定。部屋の中をせっせと整理しながら、美しい椅子の到着を待っている。お部屋がより一層素敵になる予感がする。
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いったんここまで、ながーーーい!全然進まなかった。まあでも仕事も納まったことだし、またぼちぼち書いていきます。そうこうしているうちに私の人生は進んでいってしまうので、頑張って早めに書ききるぞ。
昨日は冬至だった。全然意識していなくて、昼休みに歯磨きしていたら周りにいたえらい人たちから教えてもらって知ったのだけれど、たまたまかぼちゃと文旦を買っていたのでそれらしいものをこしらえて食べたり風呂に入ったりした。
最近、大人がこういう季節行事を大事にしたがる理由が自分なりにわかってきた。流れゆく日々に区切りをつけて、振り返ったり先を見たりするためなんじゃないかと思う。という話を、職場で隣に座っている仲良しの女性にしたら、「あとはご飯作る人が迷わなくて済むようにだよね。献立考えるのが一番つらくて、冬至ならかぼちゃ、クリスマスならチキン、って決まってるとありがたいわ~」と言われて、20年分の人生の奥行きの差を思い知った。こういう気づき、大好きだな。
12/4 日々は流れる
もうすぐ一年が終わってしまう。日々は気がつけば私の後ろ側にある。少しずつ流れていく日々を常に意識し続けることは難しく、いつも過ぎていった日々が山のように積み重なってから驚いてしまうしょうもない私だけれども、最近はよく笑いながら過ごせている。何か成果が出たとかは特になく、とてもいいわけじゃないけど、すごく悪いわけでもなくて、どちらかと言えばまずまずいい感じだと思う。
友達の日記にその月に起こったことがまとめて書いてあって、いいなあと思った。書いておくと形として残ってくれて後から読み返せるが、何もしないと少しずつ忘れてしまう。ので、私もざっと前回から今日までのことを書いておこうと思う。
①9月頭、懇ろな男が恋人になる。
②9月半ば、パーソナルジムへ入会。
③9月半ば2、姪という生き物と対面。
④9月半ば3、職場の後輩、電撃雀荘デビュー。
⑤9月末、恋人と大阪へ行った。
⑥10月頭、人生初のアパート更新。
⑦10月頭2、新人研修時の同期と飲み会。
⑧10月半ば、両親と日光。
⑨10月末、友人と人生初のディズニーシー。
⑩10月末2、職場のお姉さんたちと我が家でマリオパーティ大会。
❶11月頭、恋人の誕生日を祝って良い肉を食べる。
❷11月頭2、職場のお兄さん?たちと謎飲み会。
❸11月半ば、体調を崩す。
❹11月末、恋人と新潟へ行った。
❺12月頭、人生初の恋人とディズニー。
列挙しているだけでくらくらしてきた。多いな。ざっくり行こう。
①9月頭、懇ろな男が恋人になる。
ついに懇ろな男が恋人になりました!めでたいね。男は恋人というものを作ることに対して後ろ向きだったようだが、私の良い女っぷりをひしひしと感じ取った結果、方針を転換したようだ。ようやくですね。遅いです。
ドラマティックな告白などは特になく、ただ日常の延長で契約は結ばれた。これを受けて、不安定な関係のせいで私のメンタルが揺れ動くことがなくなり、契約前よりも落ち着いた2人になれていると思う。
これからも最後に信じられるのは己のみ、ということを忘れずに、己の足で走りながら、自立した女としてにこにこ笑っていきたい。そういう私を好きになってくれたはずだし、私もそういう私が好きだから。
②9月半ば、パーソナルジムへ入会。
夏前くらいからランニングを始めて、その延長で筋トレというものが気になり始めた。私にはチョコザップ(格安ジム)を2週間で放り投げた過去があり、次に行くならパーソナルだと決めていた。多少のお金で健康な肉体と、正しい知識を買えるのならそれは正しい出費であろう。
ずっと検討はしていたものの値段を気にして踏ん切りがつかずにいたのだが、仕事への集中力が途切れていた昼下がりにネットサーフィンをしていたところ、三鷹で安めのパーソナルジムが新設されたことを発見し、思い切って体験を予約。そのまま週2で通い始め、11月から週1に変更して12/4現在まで続いている。ちょうど今日も行ってきたところ。
パーソナルジムでは、一人ではやろうともしなかった種目がレギュラーメニューになっている。例えば、ベンチプレス。ベンチプレスのためのマシンは、ジムの中でも特にマッチョたちがうろついていて近寄りがたいゾーンに設置してあり、今まで触れたこともなかった。パーソナルではこういうものに挑戦できて、ありがたい。
余談だが、ベンチプレスを始めると、恋人の記録であるベンチプレス最高88kgというのがいかに化け物じみた記録なのかが分かるようになった。私は必死になって30kgが上がるか、上がらないか、という感じである。普段のメニューとしては20kg弱で10回3セットをこなせたり、こなせなかったりしている。1回だけとは言え88kgをあげるのはほぼゴリラだと思う。ちなみに世界の大谷は120kgでメニューをこなしているらしい。多分10回3セットとかじゃ利かないくらいの回数だと思う。ゴリラを超えている。
③9月半ば2、姪という生き物と対面。
この夏、日本に私の姪という生き物が爆誕した。私が……叔母ですか……。
そろそろ一番ばたつく時期は過ぎたのでは、ということで上京してきた親と一緒に会いに行った。私は出産祝いのことを失念していて、会いに行く前にバタバタと駅前のドンキで筆ペンやご祝儀袋を調達することになった。レジの横の机で練習もクソもなく名前を書いたが、一発書きにしてはきちんと書けて嬉しかった。大学生活を捧げた甲斐があったというものだ。
この日を迎えるまでなんとなく緊張してしまっていて、素直にワクワクすることができなかったのだが、お顔を見るとちゃんと可愛くて安心した。兄の血が流れている赤子がぱたぱたと手足を動かしている、と思うと不思議だった。兄が親になったというのも。
少し抱っこさせてもらったのだけれど、その首や頭や手足の様子から感じ取れる命があまりにか弱すぎて恐ろしく、すぐにお義姉さんへと返してしまった。
親は「まだもの言わんのやし〇〇ちゃん(私のこと)の方がかわいいわ〜」などと言っていたものの、会うとしっかりメロメロになっていて面白かった。親にとっては初孫である。この先自分がどうなるかなんてことは全く分からないが、なんとなく肩の荷が降りた気がした。
④9月半ば3、職場の後輩、電撃雀荘デビュー。
直属の上司、課内のお兄さん、後輩、そして私の4人で雀荘へ行った。後輩は今年の4月に新卒として配属されてきた男子で、なんと同郷だった。このことが分かってすぐ、地元が近そうな高校同期に聞いてみたところしっかりと知り合いだった。世間が狭すぎる。
この日は後輩、と言っても仕事ぶりがしっかりしすぎて私と彼どちらが年次が低いのかぱっと見では全く分からないのだが、の雀荘デビュー戦だった。調子はなかなかだったが、後半の試合で後輩がオーラス河底ツモリ四暗刻を上がり、私はそれを親被りしてラスった。衝撃の結末だった……。
一昨年あたりから麻雀のプロリーグ観戦にハマり、ずっと観ていたのだが、ずっと麻雀の話をしていた上司が異動になってしまうのと同時になんとなく興味が薄れ、全く観なくなってしまった。別に嫌になったわけではないのだけど、純粋に時間が足りないのである。今思うと去年までなんであんなに観れていたのかよくわからない。帰ってきてから何もしていなかったのではないだろうか?(そうです。だから不健康だった。最近はセルフケアちゃんとできていてよろしいね。)
疲れたので今日はここまで!続きも書くよ。約束します。
さっきジムから帰ってくる時に、寒い寒いと思いながら肩を窄めて歩いている私の道路を挟んで向かい側を、半袖短パンの男の子がスキップしていて目をひん剥いた。圧倒的な若さだ。私も小学三年生くらいの頃まではああいうことをしていた気がするのだけど、今では信じられないな。急に冷えてきたね。みんなもご自愛ください。
8/23 気つけてね
懇ろにしている男が昨日から旅行に行ってしまった。昔の女と、遠くへ、この私を置いて!ありえね〜と思うけれど、有り得てしまっている。
正直言って、話を聞いてから昨日が来るまでの間は結構駄々を捏ねてしまった。でも駄々を捏ねながら、(相応の覚悟を持って行くことを決め、それを私に伝えてきたのだろうし、この男は決まったことを覆しはしないだろう)という考えは頭の中にずっとあり、この駄々は意味をなさないのだろうなと分かってはいた。それでも笑顔でいってらっしゃ〜いと言えるような度量は私にはなく、そのため、可愛げだけは失わないように気をつけながら、ずっとぶちぶちと文句を言ったり拗ねたりしていたのだった。しっかりとちょっと豪華なお土産をねだったし、私を忘れてすごすなということもねだった。前者はともかく、後者は守られるか怪しいところだ。
私には、誘われたら遠くへ旅行に行けてしまうような「昔の女」、私に置き換えた場合は「昔の男」になるが、はいるだろうか。ここ最近よく考えたテーマだ。結論から言うと、いる。
そもそもどこまで懇ろだったのかというところでハードルの高さは割と変わるなと言うのが個人的な感想で、行くところまで行ってない男とはおそらくなんだってできるだろうなと思うので、いわゆる「行くところまで行った」男に絞って考えてみても、いる。
だから懇ろな男を声高に責め立てたり、本気で号泣したり、行くなとなりふり構うことなく縋ったりということはしなかったのだ。できなかったとも言う。
こんなことを考えていると、去年の夏を思い返さずにはいられない。最近、週に1、2回外を走ることがあり、昨日もちょうど走ったのだけど、走りながら、去年の今ごろのことを思い出していた。走っているのは、そのころ、散々ボロボロになってしまった私が、よく泣きながら歩いた道である。たくさん泣いたね、去年の私。宣言通り、大丈夫になって偉いねえ。今は走ったり、早起きしたり、弁当を作ったりもできているよ。新しい恋もしている。たくましいことだ。
というわけで、懇ろな男は昨日、「行てきます」と羽田を飛び立っていき、私はただ「気つけてね」と言って送り出した。すこし後ろめたそうな様子だったが、行ってしまうことに変わりはなく、ひとり東京に取り残された私はこの土日を充実したものにするべく、早起きしてまつげをぱちぱちにあげてもらい、後回しにしがちな通院を早めに済まして、休日の早起きや、ちょっと失敗された採血や、そもそものこの土日のご褒美として、ちょっといいランチを食べた。これはそのちょっといいランチを食べようとロシア料理やさんに並んでいた間に暇つぶしで描き始めたもので、「去年の夏は〜」くらいで席が用意されたので中断し、今は食後のロシアンティーを飲んでいるところ。外はまだ混み合っているので、そろそろ席を立つことにする。
この店には2年ほど前に一度来たことがあり、とても良かったのを覚えていたので、今日も訪ねてみることにした。確かその日も、同じ病院の帰りだった。保険証を忘れてしまって、慌てて電話をして家にいた人間に届けてもらった。まあ普通に、これも昔の男の話ですね。別にそれを意識して店を選んだわけではなかったのだけど。
私の昔の男(たち)が、今の私を構成する大切な地層の一つであるように、懇ろな男にとってもまたそうであろう。懇ろな男自身が、それを意識しているかどうかはさておいて。だから北海道でも沖縄でも、どこへだって行ってくればいいよ。浮気を本気にしてしまわないのなら。ちゃんと帰ってきてくれたらそれでよい。
私が並び始めた時点で前に二人男性がおり、それぞれ一人で来ていたので、一人でも目立つことなく列に並んでいられた。1時間くらいは待つと思いますと言われていたが、結局30分も待っていなかったような気がする。日記も書き終わらなかったし。
カウンターのような席を想像していたら、贅沢にも広々とした四人がけに一人で案内されてしまい少し恐縮した。せめてと思い、少し良いランチメニューを注文。もちろんそれが一番そそられたメニューだったというのもある(八割くらい)。お腹に余裕があればデザートも足そうと思ったが、それは叶わなかった。
ランチは上品なピンク色に染まったポテトサラダが添えられた前菜から始まり、暖かいのと冷たいのとから選べるボルシチ、サワークリームが添えられたライ麦のパン、そしてメインの魚料理という流れだった。ロシア料理のメニューは、スープとかポテトとかテリーヌとか、おや、と思うものがピンクだったり赤だったりすることが多い。おそらくビーツ(赤かぶ?)をよく使うからだと思うが、他では滅多にみられない色合いで、私は結構好きだ。お外の食事だ~と思うし、暖色なのでなんとなく晴れやかな気分になる。どれももちろん美味しく、予約ができると盗み聞いたので、次回は予約していくことを誓った。誰と行こうかな。ふん。ここならもちろん一人でもいけちゃう。HAPPY!

色が味に反映されているようには感じられず、上品な味付けで食べやすかった

最近夏バテ気味で温かい汁ものを避けていたのだが、久々に食べたらめちゃくちゃ沁みた
サワークリームは夏用のバターっぽい使い方ができるという新発見

美しい皿にきれいに盛り付けられていてとっても嬉しい気持ちに 私も青い平皿が欲しい
白身魚にクリーム系のソース。野菜は素揚げされていた。ひと手間。
黄色いお米はすごくいい匂いがした サフランライスであってるのかな
大満足の内容である。なんならメインの途中からおなかが苦しくなってきていた。ギリギリ食べ終えて、イチゴジャムが沈んだ紅茶をゆっくりと飲みながら、ふと外を見ると繁華街のビル群とせわしなく走る山手線、そのすきまの狭い青空が目に入ってきた。一方の店内はすこし暗めで、広々としたテーブルがいくつも置かれ、清潔な水入れと分厚いおしぼりと大判のナプキンが用意されているようなゆとりのある雰囲気だ。冷房はよく効いており、少し肌寒いほどで、そんななかで飲む温かい紅茶は格別においしく感じられ、いい思いしすぎて怖いくらいだ、と思った。
家に帰りつくと先日職場で受け(させられ)たTOEICの結果が届いており、目も当てられないような点数で少し萎えたが、遠くで行われている野球の試合を見ながら洗濯をしたり、おやつに病院へ行く途中で買っていたパンを食べたり、昼寝をしたり、と充実の土曜日を送ることができたことに満足している。
本当は、この後映画の感想を四本分書くつもりで、なんならそっちをメインにしようと思っていたのだけれど、思っていたより前半が盛り上がってしまったので今日のところはこれでおしまい。おやすみなさい。
おまけ 美しい皿は、料理を食べ終えた後も美しい


7/14 愛らしきもの
私はある店で出てくる上海焼きそばに入っているきくらげのことがとても好き。美味しいから。そこのきくらげは、他のお店で食べるそれとは違って、キノコであることをちゃんと感じる。プリプリで、もちもちで、かりかり。
それを知っている彼は、私に焼きそばを取り分ける時にまずきくらげからよそう。わたしが「きくらげ!」と言うと、彼は「好きやろ?」と言う。私は元気に頷く。彼は少し笑う。
喜んで皿を受け取った私は、ずるずると口いっぱいに麺を詰め込む。彼も続く。本当に美味しいので、二人して口々に「美味すぎる」と言う。彼は「絶対やばいもの入っとるやろ」と真面目な顔で呟き、私は「まじであり得るかも」と同じく真面目な顔で呟く。
食べるのに夢中な二人はたまに静かになる。私が咀嚼しながらふと顔を上げると彼と目が合う。口を閉じたままむんと笑ってみる。彼もつられたように笑い、「美味しい?」と聞く。私はまたしても元気に頷く。彼も同じくまたしても少し笑う。そして軽く、ゆっくりと頷く。
あの瞬間は、形に残ってはいないが、確かに私の目に映っていた愛らしきものだったと思う。
6/12 どこまでもひとり
愛することが追い詰めることになってゆく バスルームから星が見えるよ
もう二度と来ないと思う君の部屋 腐らせないでねミルク、玉ねぎ
切り捨ててゆかねばならぬ男らの顔浮かんでは消えて、ゆか、ない
真夜中の間違い電話に「もういい」と言われておりぬもういいんだね
愛された記憶はどこか透明でいつでも一人いつだって一人
さみどりの葉をはがしゆくはつなつのキャベツのしんのしんまでひとり
全部俵万智。歌集とか順番とかはぐちゃぐちゃ。私のお守りたち。
悲しいことがあって、苦しいので、文字にして外に吐き出すことで少しでもマシになったら嬉しいな、と思ってこれを書く。
たくさん許されていたとか、たくさん甘やかされていたとか、そういうことに気がつくのはいつだって全部終わってからなのはなんでなんだ。いや、正確には、そうされている時も分かってはいるのだけど、それが当たり前ではなくて貴重なものだっていう実感が足りてない気がする。よく聞く話だな。陳腐だ。
でも私も同じくらいたくさん許したし、たくさん甘やかしていたよ。好きだったから。そうしたかったから。それで喜んでくれたら嬉しいなと思ったから。
相手も同じだったのだろうか?
最近懇ろになった人がいたのだが、私がどうしても欲しかったものと、相手がどうしてもあげられないものが同じだったせいで傷だらけになってしまった。私はそれがもらえないことにひどく傷ついて、おそらく相手はその傷つく私を見て傷ついており、そこに少なくない愛を感じとった私は、それでもなおほしいものがもらえないことにより一層傷ついていた。私は仕方ないね、と何度も口にして、相手はその度に目を逸らして口をつぐんだ。文面の方が難しい話をしやすいらしいその人は、優しいので、私が荒れるたびに少し揺らぎ、私を宥めて、絆されそうになって、そして寝て起きるといつもの涼しそうな様子に戻ってしまった。
涼しい顔をしたその人はたまに熱っぽい目で私を見た。例えば、私が嬉しい気持ちでかき氷を食べていたとき、私がカメラを構えて相手を写真に収めようとしたとき、私がサメのぬいぐるみを抱いて「撮って」とねだったとき、お風呂上がりの暗い部屋で並んでテレビの前に座っていたとき、布団にくるまって私に覆い被さっていたとき。そういうとき、決まって相手は言葉少なで、「かわいい」だとか「ビジュいい」だとかをぽんと投げ、それに私が振り向いて得意げな顔をしたり、照れたり、黙ってじっと見つめ返したりすると、笑ったり、私をさらにじっと見たり、目を逸らしたり、静かにキスをしてきたりした。
ここまでひと息に書いて、良いことばかり書くから美化されていけないのかもしれないと思ったので、悪いこともいくつか書いてみようと思う。
私とちょっとしたお出かけをするときに髭を剃ってくれないのが嫌だった。嫌だと言ったら剃ってくれるようになった。よくわからない配色の高難易度のトップスを単品で用いようとするので、どうかと思った。洋服が気に食わないですと伝えたら無難な服を着てくれるようになった(いつも同じ服だったけれど)。ちょっとお洒落なお店でメニューを覗くと、すぐ「ええ値段ですなあ」と言うのが恥ずかしかった。やめてほしいと言ったら言いたそうな顔をするだけになってくれた。それを私がキッと睨むと、次は、わざとらしく大きく息を吸って、それを吐き出せなくて苦しい、という顔をしてみせた。おかしくて二人でケラケラ笑った。
おいおい、これじゃだめだ。もっと火力を上げていくぞ。
疲れたとき、何も言わずに突然音信不通になって、一人で閉じこもってしまうのが嫌だった。せめて何か言って欲しかったし、欲を言えば疲れたから私と一緒にいたい、と思ってほしかった。
私に変わることを求めてくれなかった。他人は変えられないと何度も口にして、それ自体は私も同じことをよく考えているのでよいのだが、それを執着をつかって飛び越えてきて、私に変わってほしいと求める瞬間がひとつもなかった。
……自分が思っていたより、私は相手に好かれていなかったみたい。ただ私といるより一人の方が安心できただけだし、別に私を無理矢理変えてまでそばにいてほしいとは思っていなかったってだけのこと。整理できて、よかったね。
じゃあ私は、相手が私に優しくしたいときに優しくされて可愛く喜び、相手が優しくされたいときに優しくして喜ばせ、なるほど、書きながらぎゅんぎゅん理解できてしまって悲しいな。面倒くさい女ってこういうふうに出来上がっていくんですよ、みなさん。君らはどうかこういう女に手を煩わせられませんように。
私を変えられるのは私だけだし、私が変えられるのも私だけだ。私に真の意味で干渉できるのは私だけ。私が真の意味で干渉できるのも私だけ。
毎日唱えているのにふとしたときに忘れてしまうのはなんでなんだ。甘えか。よろしくない。もっと唱えないと。私にできることは、相手が何を言おうが言わまいが私の価値は変わらないということをもっと信じて、そばに置いておきたい女になるべくもっとたくさんにこにこと笑うことだけだったのだ。彼女にしてもらえようがしてもらえなかろうが、私ができることはおんなじだったのだ。何度目の気づきだ。どうしようもない。だからどこまでいっても私はひとりなんですね。いや、みんなひとりですよ。どこまでいってもみんなひとり。
隣の隣あたりの部屋から叫び声が聞こえる。なんなら壁も殴っているような音がする。みんないろいろあるね。あなたも眠れるといいね。
嫌なことがあっても暴れないからいいね、みたいなことを何度も言われたが、暴れる人は変だし、物理的に攻撃をしなくとも嫌なことを言ったり目の前で泣いたりしたらおんなじだよ。何やってるんだか。
相手の家に置いてきたいろいろ。行こう食べよう観ようしようと約束したいろいろ。3回分残ったバッティングセンターのカード。使い切ってなお捨てられなかったカード。それを見て呆れたあなた。
あなたが銀色のバットを振り抜いたときに吹いた風。私の家で今日も光るくも。
おやすみなさい。

4/1 OUT OF CONTROL
アウトオブコントロール。私の手の及ぶところの、外側にあるもの。
天気。最近寒すぎる。あんなにあったかい日々をちらつかせておいて、突然これはないよ。
他人。当たり前。もしも今、私が笑ったり、泣いたり、ふざけたり、頑張ったりしたらこの人に好かれる/嫌われるだろうな、と思う瞬間はたくさんあるけれども、それは予想や期待の域を出ることは決してなく、最後、その人自身を決めるのはその人以外いない。どこまで行っても私は私以外の人間にとってはただの環境の構成物のひとつにすぎない。
三大欲求。特に睡眠欲。他二つは理性と戦わせることができるけれども(勝てるかどうかは別として)、睡眠欲は振り切れたら最後どうすることもできない。このあいだあまり眠らない日が続いていた時、職場で、終業したというのに突然強烈な眠気に襲われて立っていられなくなり、しばらく座って波が引くのを待つ時間があった。睡眠に関しては、どちらかというと、「寝たい」気持ちをコントロールすると言うよりかは「起きていたい」気持ちをコントロールすることが大事なのかもしれない、という最近の気づき。
コントロールするために作った物以外は全てその外側にあって、なんならコントロールするべく作ったものでさえその外側にいってしまうことはままあり、結局のところ「たくさんある」というよりかはほとんど全てのことが「そう」で、どこまでいっても最後まで内側に置いておけるのは自分だけなんだよな。あくまでもそうすることもできる、というだけで、必ずできるわけではなくて、なんなら自分でさえ外側にいることも多い私という存在、危うい。
じゃあ生きる意味とかいう、揺らいじゃいけないものの筆頭は私の手の内側に求めないといけないらしい。難しい。でもそれが、自分の足で走っているということ。